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JUGEMテーマ:映画




君が望むなら、僕は何にでもなる――。


認知症を患い過去を思い出せずにいる老女と共に、療養施設へ入寮しているデュークは、ノートに書かれた物語を彼女へ読み聞かせている。物語は、1940年のアメリカ南部シーブルックを舞台にした、青年ノアと少女アリーのひと夏の出来事であった。 

とても惜しい映画だと思う。肝心な部分がすっきりしすぎているかなという印象。主演の2人が物凄くいい演技をしているし、ストーリーも小説があるからなのか脚本がいいからなのか、とても引き込まれる。設定はとてもありきたり。令嬢と肉体労働者の格差愛。あっという間に燃え尽きてしまいそうなほどに深く愛し合う2人。アリーの両親の反対により、引き裂かれる2人。月並みで使い古された筋である。しかし、この2人の間に重厚で深淵な時間が流れいたんだと、見る者を納得させる力がある。他の映画によくある、変に間延びさせてダラダラとくだらない映像を流し続けるようなことはない。むしろカメラ割りは細かいのに、自然な時の流れを上手く表現している。そのため、この2人の関係性には説得力があるのだ。だから、後半の若かりしアリーの“選択”のシーンが薄弱に感じた。あそこをもっと見せてほしかった。

私が今まで見てきたいわゆる“恋愛映画”の中では、かなり上位に入る。当時そんなに名の知られていない2人を主役に抜擢したこと、そして両者ともとても魅力的だということ。この2人が愛し合うシーンが素敵。こんなに心躍らされるシーンの数々を見事にまとめあげたのは、監督の手腕のおかげでしょう。

そして、重要なのはこのノアとアリーの恋物語をデュークが認知症の老女に読み聞かせているところである。なぜデュークは何度も同じ話しを読み聞かせているのか。実際、認知症の方に対するレクやリハビリとして、読み聞かせは脳の活性化のために非常に有意なのである。劇中では医師に「認知症は回復しない」と言われているが、そんなことはない。昨日は思い出せなかったことが、今日になってぽんと思い出したりする。そのきっかけは実に意外なところに隠されているものだ。

ノアはアリーを口説く時、こう言った。「君が望むなら、道化にも詩人にも気の利いたヤツにも迷信家にも勇敢にもダンサーにも、何にでもなる。君が望みさえすれば――」そう、彼は確かにこう言ったのだ。

ノアとアリーが窮地に立たされた時、アリーはノアに「そばにいてほしい」と言った。しかし、ノアは首を縦には振らなかった。だから、彼らは引き裂かれることとなった。「君が望むなら、何にでもなる」と言ったノアの言葉をアリーは心の底から信じていた。しかしノアは、アリーが両親に対して言った自分の欠点が聞こえてしまい、恐らく自信をなくしてしまったのだろう。幸せで希望に満ち溢れていた彼の心が、一瞬翳ってしまったのだ。

だが、終盤、彼は見事にこの約束を果たしたことになる。それは、実際に映画を見て確かめてほしい。

きみに読む物語 予告


映画の世界を広げよう♪


2004年 アメリカ
監督:ニック・カサヴェテス
出演:ライアン・ゴズリング、レイチェル・マクアダムス、ジーナ・ローランズ、ジェームズ・ガーナー、サム・シェパード、ジョアン・アレン、ジェームズ・マースデン他


自己満足的評価 ★★★☆☆



JUGEMテーマ:映画



君は極薄の氷の上を滑っているようなものだ。

――しかし、私は、その向こう側へ到達したいのです。

原題:MURDER IN THE FIRST
全米一悪名高きアルカトラズ刑務所を閉鎖に追い込んだ、一人の囚人と彼を支えた若き弁護士の友情を描く、実話の映画化。死刑確実と言われていたアルカトラズ刑務所内で起こった殺人事件を担当することになった若き弁護士ジェームス(クリスチャン・スレーター)は、犯人の囚人ヘンリー・ヤング(ケヴィン・ベーコン)を調べていくうちに彼の有罪に疑問をもつようになっていった。やがて彼はアメリカ合衆国に真っ向から闘いを挑んでゆく……。

妹のために5ドルを盗んだ男が、いかにして殺人を犯すまでに至ったのか。極端だけれども、当時は誰の身にも起こりうることだった。この事実に、まずは驚愕し、恐怖しなければならない。

人を殺したら、悪いのは加害者である――ということは当然だ。しかし、この作品を見たら、簡単にそう結論づけることが難しくなってくる。最近“チェンジリング”という映画で、アンジーが精神病棟に監禁され、虐待に近いことをされているシーンがあったが、ヘンリー・ヤングはあれを200倍くらい酷くしたような環境下で1000日も収容されていた。目を塞ぎたくなるようなグレンからの暴力。全身に酷い怪我を負っても、不衛生で糞尿にまみれた穴の中、全裸で放置され続ける。これが1000日だ。なぜそんな穴に放り込まれたか。理由は“脱獄を試みたため”だ。脱獄仲間に密告され、ヘンリーだけが穴に監禁されることとなったのだ。

1000日後、彼はやっと他の囚人たちと同じ食堂へ行くことが出来た。しかし、あまりに残虐な生活を強いられたため、全身の震えが止まらず、常に怯えきっているヘンリー。すると目の前に、自分を裏切った仲間が平然と食事をしている姿があった。

――だからといって殺人を犯していいことにはならない。当然、彼には死刑が求刑された。そこで、彼の元に若き弁護士ジェームズが現われる。なんとも情けない登場の仕方で、観客に不安を植えつけることに成功している。

しかし、この弁護士が、空前絶後の革命を成し遂げるのだ。

負け試合だと言われた裁判に、ジェームズは果敢に挑んでいく。諦めという言葉は最初からこの世に存在していないかのように、彼は前へ前へと突き進んでいく。ジェームズは殺人犯であるヘンリーに警戒心を微塵も示すことなく、すぐに接近した。自ら牢屋の中へ踏み込んだのだ。深い傷を負って、まともに発語が出来なくなっていたヘンリーの心に、温かな光を灯した。ジェームズは、ヘンリーに言葉を投げかけ続けたのだ。

いつしかヘンリーに「俺たちは友達だろう?」と言わしめるほどに、心を通わせることが出来た。ジェームズは、なんとしてでもヘンリーの命を救いたかった。そのために、彼は刑務所を訴えることに決めた。巨大な敵に、たった一人で立ち向かったのだ。ヘンリーは言った。「俺は殺人の凶器だった」と。だが、ヘンリーはジェームズに出会い、「正義への武器」となっていった。恐怖から逃げていたヘンリーが、ラストで見せる表情。それが、彼の変化を物語っている。

私は、上の大きな字で載せた台詞に感動した。歴史を動かす人間の言葉だ。そして、忘れてはいけない。この作品は、実話なのである。

予告



映画の世界を広げよう♪


1995年 アメリカ
監督:マーク・ロッコ
出演:クリスチャン・スレーター、ケヴィン・ベーコン、ゲイリー・オールドマン、エンベス・デヴィッツ、ウィリアム・H・メイシー、ブラッド・ドゥーリフ、スティーヴン・トボロウスキー、リー・アーメイ他

自己満足的評価 ★★★★★



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もう、恐れはしない――。 

S・キューブリックが“シャイニング”以来、久々にメガホンを取った作品で、G・ハスフォードの原作を基にベトナム戦争の狂気を描く。海兵隊に志願した若者が、次第に戦闘マシーンとして人間性を失っていく様を冷徹な視点で追っている。

我が愛するキューブリック作品です。本当に、愛しくて堪らないです(笑)
この作品は前半・後半で舞台が変わります。前半は海兵隊訓練キャンプの教練で、若者たちが鬼教官に過酷な指導をされるという構成です。鬼教官から発せられる悪口雑言の数々。放送禁止用語の連続で、まともな言葉の方が少ないです。厳しすぎる教官の指導によって、徹底的に人間性を剥奪されていく若者たち。殺人マシーンの製造所です。その中で、所謂「出来損ない」という扱いを受けるローレンス。教官からは「微笑みデブ」というあだ名が付けられてしまいます。毎日馬鹿にされ、それでも必死に訓練に臨みます。涙ぐましいです。一方、口を開けば皮肉だらけ、ほっそり長身J.T.デイヴィスは、「おふざけ野郎(ジョーカー)」と名づけられます。ジョーカーは微笑みデブの教育係に抜擢され、1対1で微笑みデブに基礎から教育していきます。

ところが微笑みデブ。こいつはなかなかに愚鈍でヘマばかりをやらかしてしまいます。ジョーカーの優しさに甘えるばかり。そんなある日、小さな事件が起こります。石鹸事件です。これがキッカケで、微笑みデブがぎりぎり保てていたアイデンティティーが決壊してしまいます。そしてジョーカーの目の前で、悲惨な出来事が起きてしまうのです。ここまでが前半。もう、なんていうかこの時点で開いた口が塞がりません。もちろん良い意味で。

そして後半。ついに若者たちがキャンプを卒業し、ベトナム戦争の現場へ派遣される時がやってきました。ジョーカーは高校時代に広報部で活躍した過去があり、星条旗新聞の報道員となります。この時に軍曹へ昇格を果たしています。彼の出で立ちは、“BORN TO KILL”と書かれたヘルメットを被り、軍服の胸にピースマークのバッジを付けた妙な格好。海兵隊のお偉いさんにお咎めを頂戴した際、彼は「人間の二面性が……ユングが……」と、今思いついたような言い訳を披露します。なんとこれでお偉いさんを煙に巻くことが出来たのです。さすがジョーカー!私は思わず笑ってしまいました。ジョーカーはキャンプ時代に一緒だったカウボーイと久々の再会を果たし、喜びます。そして彼の部隊に同行することとなります。先遣隊として敵の後退を確認しにいこうと行軍中、隊長がブービートラップにより、戦死してしまいます。そこでカウボーイが隊長に昇格。カウボーイの指示を全く聞かない隊員が勝手な行動をとり、敵に次々と射殺されます。やがてジョーカーにとって二度目の悲惨な事件が目の前で起こることとなるのです。

ラスト、ジョーカーが何故変な格好をしているのか、何故あんな行動をとったのか、解釈が分かれますが、考えさせられます。

ジョーカーは殺人マシーンとなったのか? 本当に彼を衝き動かしていたものは、ヘルメットに書かれた文字か、胸のバッジか。つまり、頭では“見敵必殺”、心では“平和”。どちらが勝ったのか。この問い掛けの答えは、きっと一つではないでしょう。

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1987年 アメリカ
監督:スタンリー・キューブリック
原作:グスタフ・ハスフォード“ショート・タイマーズ”
出演:マシュー・モディーン、ヴィンセント・ドノフリオ、R・リー・アーメイ、アーリス・ハワード、アダム・ボールドウィン他


自己満足的評価 ★★★★☆



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幸せになるための

これが最後のチャンスよ――。

1950年代半ばの富裕層が集まるコネチカット州の郊外で、フランク(レオナルド・ディカプリオ)とエイプリル(ケイト・ウィンスレット)の夫婦は二人の子どもに恵まれ、幸せに暮らしていた。しかし、彼らはそれぞれが抱いているヨーロッパでの成功と女優になるという夢の実現のため、人生で大きな賭けに出ることを決意する。

ケイトがレオへ熱烈ラブコールし、タイタニック以来のタッグを組むことになった本作。なんとなく重そうな恋愛映画が見たかったので、なんとなく見てみました。緩やかにゆっくりと流れる時間の中、フランクとエイプリルの喧嘩が何度も繰り広げられます。最初は車の中でした。二人ともなかなかに大人気なく、呆れるというよりも、むしろ楽しく眺めることが出来ました。「ああ、両者の言い分はそれぞれがご尤もだよなぁ」なんて思いながら。

しかし、そんな二人の喧嘩が回を重ねるごとに、ふつふつと恐怖心が湧き上がってくるのです。フランクはまだいいのです。自分の会社で認められ、新たな自己実現の方法を見出すのですから。しかし、問題なのはエイプリル。女優になりたいという夢があるのに、二人の子育てに加え、新たにそのお腹に生命を宿すのです。やっと二人がヨーロッパへ行くために再度、深い絆を結ぶことが出来たというのに、あっという間に反故になってしまったのです。ここから、二人の諍いに微妙な変化が現われはじめます。

フランクは飽くまでエイプリルを愛するが故に、積極的で前向きな罵声を浴びせます。まあ、言い方が酷いので、彼にも非はあるとしましょう。反して、エイプリルの怒りは完全に負です。もう、何かを築き上げようとする前向きさがない。挙句の果てには、怒りという感情さえも失ってしまいます。完全にフランクと向き合う気がない。つまり、愛する気持ちがない。そのことをエイプリルはフランクに伝えますが、フランクはエイプリルが強がっているだけだと思い込んでしまいます。フランクはエイプリルと自分の間にある愛を最後まで信じていたのでしょう。ただ、あまりにも言い方が酷すぎました。私も彼の言動にいちいち腹を立ててしまうほどです。男性の方。この映画を一度は見ておくべきでしょう。
もちろん、エイプリルのとった行動も愚かでした。そういう意味では、どっちもどっちだったのかもしれません。

でも、フランクは愛し続けました。ただ、愛情表現が罵声や怒号だったのが愚かです。最後の喧嘩(というか、エイプリルは完全に冷え切っている)の後、ほっといてくれと言うエイプリルを夜の森に残し、フランクは一人、家に帰ります。ここからが、この映画の最大の見せ場でしょう。暗く冷たく、不安の詰まった袋をナイフで切り裂いたかのような、闇のシーンが暗転します。

そして次の瞬間、そのシーンとは180度違った、温かで優しい陽射しのシーンが映し出されます。
ここからです。ここで映画が終わっていたら、私のこの作品への印象は一瞬で掻き消えていたことでしょう。レオの演技が素晴らしいと思える場面。そして、衝撃的なラスト。それは、ぜひ本作を実際に見て確かめてみてください。

予告編


公式ホームページ


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2008年 アメリカ、イギリス
監督:サム・メンデス
原作:リチャード・イェーツ“家族の終わりに”
出演:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、キャシー・ベイツ、キャサリン・ハーン、デヴィッド・ハーバー、マイケル・シャノン、リチャード・イーストン他


自己満足的評価 ★★★☆☆



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傲慢なのはお前だ――。

ロッキー山脈の麓に孤立する村ドッグヴィル。ある日この村の近く、ジョージタウンの方向から銃声が響いた。その直後、村人の青年トム(ポール・ベタニー)は助けを請う美しい女性グレース(ニコール・キッドマン)と出会う。間もなく追っ手のギャングたちが現われるも、すでに彼女を隠し、その場を切り抜けるトム。彼は翌日、村人たちにグレースをかくまうことを提案した。そして“2週間で彼女が村人全員に気に入られること”を条件に提案が受け入れられる。そうしてグレースは、トムの計画に従って肉体労働を始めることになるのだが……。

人々の指針になれるような、人々を導くことができるような人間になりたいという哲学者・トムと、前だけを見据えて真直ぐに生きていく、そして人々に許しを与える生き方をしている女性グレースが本作の主要人物である。村人たちに気に入られるために、グレースは毎日必死で働く。もともと前向きな彼女にとって、仕事が喜びに変わるまでに、そう時間はかからなかった。そして村人を好きになっていく。気持ちいいくらい純粋な彼女に、村人たちも彼女を受け入れていく。「ああ、なんて素敵な映画なんだろう」と私は見ていて微笑ましくなっていた。むしろ「ウフフ」くらいに笑いが漏れていたかもわからないくらいに。しかし、次の瞬間、私は思い切り地の底へと叩きつけられることになる。

ちょっとした嫉妬、ちょっとしたタイミング、ちょっとした言葉選び。実に、そう、実に些細なズレによって、彼女の境遇は地獄へとまっさかさまに転落してしまうのだ。「え?うそっしょ?」と思わず呟いてしまいそうになるのを堪えながら、私は目の前の映像に引き込まれる他に術はなかった。

おちょくりたくなる程に現実味のないセットで繰り広げられる群像劇。それなのに、私は寒気を覚えるくらいにそこに現実を見出した。まさに、人間そのもの。怖いのは、私は加害者であるはずの村人たちの気持ちがわかってしまうという事実。私の中にある醜い感情。それがそのまま映画になって見せ付けられているかのような錯覚に陥ってしまう。だけど、この作品の凄いところはそこだけではない。

「ほんとうの加害者は、ほんとうの悪は誰?」

わからなくなるのだ。今まで積み上げてきた道徳観を駆使しても、その答えは容易には見つけることが出来ない。監督を恨みたくなるほどに、完全に鬱にさせる映画なのである。そして、ラストのグレースのとった行動。私はそこで、スッキリしてしまった。その「スッキリした」という反応は、まさに「悪」なのかもしれないのに。まんまとハメられた。いや、自分の中に蓄積されていた毒が表出させられたとでも言おうか。

私たちは傲慢かもしれない。だけど、グレースやトムがどっちの道を選ぼうとも、それはやはり傲慢なのではないだろうか。それならば、生きているだけでもうすでに私たちは傲慢だ。でも、傲慢さだけで人は動いているわけではない。あるいは、全てが傲慢だと言うのなら、そんな傲慢な世界でも私たちは幸せを感じる力を持っている。傲慢は悪とはイコールにはならない。それだけを、私は信じたい。

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2003年 デンマーク
監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、クロエ・セヴィニー、ローレン・バコール、ステラン・スカルスガルド、ジェームズ・カーン、パトリシア・クラークソン、ジェレミー・デイヴィス、ベン・ギャザラ、ウド・キア、ジョン・ハート他

自己満足的評価 ★★★★☆



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必要なものは銃でも金でもなく、

“鉄の意志”だった――。

船舶の炎上事故を調べていた捜査官クライン(チャズ・パルミンテリ)は尋問していたヴァーバル(ケヴィン・スペイシー)から奇妙な話を聞かされる。6週間前に銃器強奪事件の容疑者として集められた5人が、釈放後、協力して宝石強奪を決行。ブツをさばくためにLAの故買屋と接触した5人は、そこで新たなヤマを依頼されるが、宝石と聞かされていた獲物は麻薬で、トラブルから相手を射殺してしまう。そして恐慌状態の彼らの前に、伝説のギャンブル“カイザー・ソゼ”の右腕と名乗る弁護士が現われたというのだ……。

この手の映画を紹介するのは、きっと良くないことだと思うんです。
と、のっけから自分の行動を批判しているわけですが、どうしても、この映画を見ていないというそこのラッキーボーイズ&ガールズのために、タイトルだけでも覚えてもらおうと簡単に紹介させていただきました。

もちろん私はケヴィン・スペイシー好きというわけで、見ました。なんとも単純な動機です。だけど、それだけじゃない。冒頭からこの映画はかっこいい。構成が素敵。無駄がない。最後まで惹き付ける魅力がある作品です。もう14年も前の作品なのに、目が肥えてる人を飽きさせない自信はあります。なので、出来るだけこの作品について知識を持たないようにしてください。真っ白な状態で鑑賞してください。というか、この記事を読んでいる時点でアウトです。もちろん、映画レビューなどもってのほか。矛盾しているようですが、本当にそれくらい、何も知らないまま見てほしいのです。

ということで、余計なことは語りません。さようなら.∵・(゚ε゚ )ブッ!!

映画の世界を広げよう♪


1995年 アメリカ
監督:ブライアン・シンガー
出演:ケヴィン・ポラック、スティーヴン・ボールドウィン、ベニチオ・デル・トロ、ガブリエル・バーン、ケヴィン・スペイシー、チャズ・パルミンテリ他

自己満足的評価 ★★★★☆



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たかが愛の、代用品――。

原題:Monster's ball

米深南部ジョージア州で州立刑務所に勤めているハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)は、黒人嫌いの父親バック(ピーター・ボイル)から、人種偏見と看守の仕事を受け継いだ男。息子のソニー(ヒース・レジャー)も看守になったばかりだが、黒人の死刑囚マスグローヴ(ショーン・コムズ)の刑執行の日、任務を満足にこなせないソニーにハンクは怒りを爆発させた。一方、処刑されたマスグローヴの妻レティシア(ハル・ベリー)は、息子タイレル(コロンジ・カルフーン)に辛く当たる。

主演のハル・ベリーがアカデミー主演女優賞を受けた有名な作品。退屈そうな映画なのでなかなか見る機会を得られなかったのですが、ちょうどヒース・レジャーが出演しているということを知り、やっと昨年の秋頃に見ることができました。いきなりボロ泣きして、次の日まで目が腫れてしまったという事態に陥った私は、それから何度もこの映画を見返しました。胸に響いて泣けて泣けて助けてほしいくらいに大泣きしました。

人種偏見を受け継いだハンクの息子ソニーは、父の影響を受けず、近所の黒人の子どもを家に招いたりしている青年。父から受け継いだのは、「看守」という仕事だけ。しかし、その「看守」の仕事をしくじりまくるソニーに、ハンクはぶち切れる。ソニーを殴り、罵倒する。ハンクは死刑囚の目の前でミスをしたことで、死刑囚の気持ちを察したこと、そして自分の息子がいつまで経っても一人前にならないことへの焦りをぶつけたのでしょう。一方ソニーは死刑になる囚人に対する怖れ、同情という感情が一気に溢れ、ミスを犯してしまう。両者の気持ちは痛いほどわかる。優しすぎたのだ。きっとこの父子はあと少し冷静になることができたなら、お互いの気持ちを汲み取ることだできたのではなかろうか。しかし、ちょっとした歯車の食い違いから、この直後に悲惨な結末を迎える。

ソニーが父へ向け言い放つ。「You hate me. Don't you?」この瞬間、ソニーが初めて感情を吐露するシーンを目の当たりにする。父へ向けられた鋭い視線。でも、その瞳には底知れぬ哀しさが込められている。そして、父に対する淡い希望の光も。

だが、ハンクは言う。「Damn straight I hate you. Always did」自分の息子にこう切り返した。しかし、この時の彼は及び腰になっていたのだろう。あまりにも純粋に真直ぐ向けられるソニーの視線に。

ソニーは最期、こう言い残す。「Well, I always loved you」 たったこれだけの会話で、そのシーンにはこの父子が今までどのような関係で生きてきたのかが見えてくる。劇中で衝撃的なシーンのうちの一つだ。なんともソニーの表情が素晴らしい。当時、ヒースは恐らく21歳くらいだったはず。この年齢であれだけの哀愁を漂わせることのできる俳優が日本にいるだろうか?

この一件で、ハンクは看守を引退する。ステレオタイプの頭が固い父親バックは、ハンクを責め立てる。そこでハンクは確信する。「ああ、間違っていたんだな」と。今まで父親に押し付けられていた価値観が、全て間違いだったということを。

そこで、ハンクはある女性と運命的な再会を果たす。それがハル・ベリー演じるレティシアだ。レティシアもまた、はちきれそうな程に深い傷を持っている。ハンクとレティシアは車の中で会話を始める。お互いの傷を語り合う。レティシアは、隣に座っている男が自分の旦那を処刑した看守であることも知らずに。ハンクは語る。「俺はいい父親じゃなかった。息もできない苦しさがわかるかい?自分の殻を破ろうとしてもそれができないもどかしさ」この台詞。この台詞をハンクが放った時、私は火がついたように大泣きした。一人で見てて良かったと思うほどに。本当に、我ながら恥ずかしいw ただ、この映画は日本語に訳すことのできない言葉がたくさん出てきたそうで、もしかしたら原語よりも意味が違ってしまっているかもしれない。私の大泣きさせた台詞はこれだ。
「You know when you feel like you can't breathe? You can't get up from inside yourself, really?」
前述の日本語訳とは少し違ったニュアンスで伝わるでしょう。スクリーンプレイを少しずつ、自分なりに訳していこうかなと思っています。

そして、冒頭の太字で示したキャッチコピー。「たかが愛の、代用品」。たかが愛なのか、たかが代用品なのか……。ちょっと読点の位置が納得できません。「たかが愛」という意味になってしまうからです。「たかが、愛の代用品」とすると、「たかが代用品」という意味合いになりますので、こちらの方が良かったのかなと思います。

チョコレート。邦題をこれにした意味、映画を見て感じ取ってみてください。

IMDb


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2001 アメリカ
監督:マーク・フォスター
出演:ハル・ベリー、ビリー・ボブ・ソーントン、ヒース・レジャー、ピーター・ボイル、ショーン・コムズ、モス・デフ他


自己満足的評価 ★★★★★



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残念だな 永遠のものがないなんて

――あるわ

原題:The Curious Case of Benjamin Button
80代の男性として誕生し、そこから徐々に若返っていく運命のもとに生まれた男ベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)。時間の流れを止められず、誰とも違う数奇な人生を歩まなくてはならない彼は、愛する人との出会いと別れを経験し、人生の喜びや死の悲しみを知りながら、時間を刻んでいくが……。 

以前に紹介させていただいた映画「セブン」のデヴィッド・フィンチャー監督作品です。長編です。少年・幼児期以外は全てブラッド・ピット本人が演じています。私が初めて「ブラッド・ピットすげぇ」と心の底から思わせてくれた映画です。内容としては、老人の姿で誕生し、赤子になって死んでいくまでの自らの人生をベンジャミン自身の日記と病床のデイジーが語っていくという進行方法をとっています。正直少し退屈な流れでしたが、ブラッドとケイトの二人の演技力が充分に補ってくれていました。

成長するにつれ若返っていく肉体。そんな気分は本人をもってしても「よく分からない」ということ。確かに、よく分からないでしょう。私たちだって、徐々に肉体が衰えていくのですが、その全てが初体験なんですから、比較なんて出来ないし、自然のこととして受け入れていくしかないでしょう。両者に共通しているのは「いずれ死ぬこと」なのです。その終着点に向かって、皆生きている。劇中でもベンジャミンが日記にしたためていました。ただそこに向かうまでの道が違うだけなのだと。

老人の風貌で子どものようにはしゃぐベンジャミン。不思議と可愛い。幼いうちにベンジャミンはデイジーに一目惚れしてしまう。二人は一瞬にして心が通い、距離が縮まっていく。どうだろう。方や老人、方や子ども。だけどとても生き生きとしていて微笑ましい。そして数年後、ベンジャミンは旅に出る。船乗りとして、一人の男として様々な経験を積み、やがてデイジーと再会する。この頃には老人メイクも軽くなり、目元はブラッド・ピットだと分かるまでになる。シワやたるみ、薄い頭髪なのにもかかわらず、すでにこの時の彼はとても魅力的である。色気のある老人。どきりとさせられる。そしてデイジーとの間に現われる様々な障害を乗り越え、二人は結ばれる。ここからがとても面白い。ベンジャミンの見た目と年齢がちょうど合致する40代の頃。二人は最高に幸せそうで、和やかな雰囲気が漂う。しかし、この先に待ち受ける運命に、私たち観客も一抹の不安を抱えるに違いない。

印象的なシーン。デイジーがプールの縁に摑まって、後ろを振り返る。するとそこには若い女性が颯爽と泳いでいる。張りのある肢体。若さが前面に滲み出している。そこでデイジーは思わず泣いてしまう。まだ20代に辛うじているロレインだが、なんだか、無性に胸が痛んだ。共感してしまったのだ。自分は老いていくのに、愛する彼は若返っていく。不安になるに決まっている。女性ならではの感覚なのかもしれない。ベンジャミンに「永遠がないなんて」と言われたとき、「あるわ」と答えていたデイジー。その答えに自信をなくしてしまった。老いは、人をネガティブにさせる。しかし、この後デイジーには新たな幸せの種が芽吹くことになる。詳しくは実際に映画を見て確かめてほしい。

後半で、デイジーがベンジャミンの頬に触れるシーンがある。この時のベンジャミンが美しすぎる。若く、艶のある、完璧なベンジャミン。しかし、向き合った二人の間には、幼少期のような溌剌とした雰囲気はなく、どこか疲弊し、力がない。老人の体であっても、心が若かった時のほうが幸せに見えたのは、私だけではないはずだ。

大画面で見れる環境があって良かったと思える瞬間だった。主演二人の演技、これだけで価値のある作品だと思います。



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2008年 アメリカ
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン、ジェイソン・フレミング他


自己満足的評価 ★★★☆☆



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時が止まれば、それは本当の恋――。

原題:BIG FISH

身重の妻と暮らすジャーナリストのウィル・ブルーム(ビリー・クラダップ)。彼の父エドワード・ブルーム(アルバート・フィニー)は自らの人生を巧みに語って、聞く人を魅了するのが得意だ。ウィル自身も幼い頃は父の奇想天外な話が好きだったが、いつしか自分だけ父の話を素直に聞けなくなっていた。3年前の自分の結婚式にエドワードが息子ウィルの生まれた日に巨大な魚を釣った話で招待客を楽しませた時、その不満が爆発する形で、ウィルは父に今夜の主役は自分であると訴え、仲違いが生じ、それ以来二人の不和が続いていたのだった。
そんなある日、母から父が病で倒れたと知らせが入る。ウィルは妻と共に実家へと戻る。しかし、病床で相変わらずな話を語り出す父と、本当の父を知りたいと葛藤する息子は理解し合えぬままだった。

私にとってのスペシャルな1本です。
だからこそ、映画館で見られなかった悔しさが長く後を引いているとも言えます。

ストーリーはさることながら、キャストの演技と世界観には圧巻です。まさにお伽噺のような話を延々と語り続ける男が主人公。そんな男を父に持つ息子は、自身が成長するにつれ、父の話に懐疑的になってしまう。それも当然でしょう。サンタさんがいると信じ続けている人がいないのと同じ。ましてや、自分の結婚式でまでふざけた話を披露してしまう。しかもこれがゲストに大受け。息子としては、面白くないのでしょうね。

しかも、今度は自分が死にかけているというのに、この期に及んでまで馬鹿な話をし始める。息子の歯がゆさは更に強まります。自分と真剣に向き合ってほしい、本当の父の姿を見せてほしい。最後くらいは解り合いたいと、息子は父に訴えます。しかし、父の態度は一貫して変らないのです。

そして、父は語り始めました。それは、結婚する前の父の話です。それは、長い長いお伽噺。

この昔の父エドワードを演じるのがユアン・マクレガー。超素敵な俳優です。
劇中には変な人間がいっぱい。人間なのかどうかも疑わしい者が出てきます。その者たちと共に、旅に出たエドワードは様々な経験を積みます。夢のような村、不思議なサーカス団、そして、時が止まるほどの恋。まるで現実とは程遠い世界で、エドワードは時に笑い、時に震え、時に叫びます。そんな彼を見ている私たち観客は、いつしか気付くはずです。変人と言われている人々を、エドワードは極自然に受け入れているということを。だからお伽噺なんだ、と言ってしまえばそれまででしょう。しかし、お伽噺は現実世界の産物だということを、私たちは忘れてはいけないような気がするのです。

エドワードに、何故こんなにも心が揺さぶられるのか。嘘のような、作り物のような世界に、どうして涙してしまうのか。それは、そこに“生きた人間”を垣間見ることが出来るから、だと思います。偏見も差別もない、エドワードの無邪気で純粋な生き方。まさに、息子に語って聞かせる現在の父と何ら変わりありません。たとえ彼の話が偽物だとしても、彼の瞳が輝いていて、彼の口から発せられる途方も無く美しい話を目の当たりにしてしまったら、それを信じない手はないのではないでしょうか。きっと私なら、自ら進んで騙されようとするでしょう。それが本当か嘘なのか、そんなことは最早どうでもいいのです。感動できるのか切り捨てるのか、受け手側のその一瞬の行動こそが、一番重要なのかもしれません。

ラストを見る度に鳥肌を止めることは出来ません。父が息子に語り続ける理由。その答えは一つとは限りません。しかし、恐らくその理由一つ一つが、私たちにとって最も重要であることをこの作品は訴えかけてくる気がします。

ちなみに、この作品が完成する前年に、監督ティム・バートンの父が亡くなっており、原作のある作品であるとはいえ、彼なりのメッセージが込められているのは間違いないだろう。それを考えながら見ると、また新たな発見をするかもしれません。

また、タイトルのビッグ・フィッシュは「誰も信じないホラ話」という意味合いの言葉だそうです。

予告編


公式ホームページ


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2003年 アメリカ
監督:ティム・バートン
出演:ユアン・マクレガー、アルバート・フィニー、ビリー・クラダップ、ジェシカ・ラング、ヘレナ・ボナム=カーター、アリソン・ローマン、ロバート・ギローム、マリオン・コティヤール、マシュー・マッグローリー他

自己満足的評価 ★★★★★



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さあごらん、深夜の2本立て――。

原題:The Rocky Horror Picture Show

評判を呼んだR・オブライェン作のホラー・ミュージカル舞台劇の映画化作品。
婚約したばかりの若い二人ジャネット(スーザン・サランドン)とブラッド(バリー・ボストウィック)は、激しい雷雨のため乗っていた車のタイヤがパンクしてしまい、電話を借りようと古城を訪れる。二人を迎えたのは気味の悪い執事。やがて城の主フランクン・フルター博士(ティム・カリー)が現われ、ロッキー・ホラーという名の人造人間(ピーター・ハインウッド)を披露する。ジャネットは、その完璧な肉体にほれ込んでしまう…。

数年前、私がホラー映画が大好きだと周囲に言い触らしていた恥ずかしい時期、ある映画フリークの友人にこの映画を薦められた。なかなか見る機会に恵まれず、今年に入ってやっと鑑賞。本当に「やっと」という感じ。

いや、かなり面白かった。本当に、ある意味でホラーだった。
なんでしょうね、あの完璧に揃っているわけではない“タイムワープ”という踊り。これが流れた瞬間、「ああ、いいなあ」って思わせる力があった。セットも衣装も雰囲気もいい。ティム・バートンもこれに影響受けているのかな?どこか通ずるものを感じた。

で、城の主の登場。これが色っぽい。一瞬、私は開口したまま固まってしまいましたが、このお方が歌って踊り始めてから、なんか惹き付けられてしまった。この映画全体の妙に高くて独特のテンションに、置いていかれることなく、上手い具合に引っ張られた。醜いし、キモいし、エロいし、どうしようかと思ったけど、最終的にくすぐったい楽しさを味わえた。一般的なホラーの定義には明らかに納まらない。はっきり言ってファンタジーかコメディーでしょう。でも、どのホラー映画よりもホラーらしく感じられるから不思議である。

とにかく、異世界に連れてこられたかのような、そんな気分にさせてくれる。思い切りクレイジーなB級映画だけど、ほっとけない。切り捨てられない作品だ。

特に、ブラッドとロッキーが可愛くて恰好いい。ブラッドのあのつぶらな瞳にキュンとなり、ロッキーのベビーフェイスとマッチョのギャップにときめく。そして、メイド(?)のマジェンダが超キュート。ちょっとマジェンダの真似したくなったもんwイベントがあったらぜひ混ぜてくださいww

The Rocky Horror Picture Show 予告


The Rocky Horror Library Show


映画の世界を広げよう♪


1975年 イギリス
監督:ジム・シャーマン
出演:ティム・カリー、バリー・ボストウィック、スーザン・サランドン、リチャード・オブライエン、パトリシア・クイン、ネル・キャンベル、ピーター・ハインウッド、ミート・ローフ、ジョナサン・アダムス他

自己満足的評価 ★★★☆☆ 



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